「身近な他人」①

コンビニエンスが編まれた糸でそれぞれの暮しは編まれるようになった。もう複雑に絡んだ網目が解けることはない。糸が変成して硬化しているんだ。解くことも編まれていたことさえも気づいていないのかもしれない。編まないくせに着飾るのは上手かった、ただ上手く見えていただけだったのかもしれない…

 

「カチッ」

しんと静まり返った部屋の壁の向こうからライターを点火する音がした。しぼんだ風船から微かに残った空気が漏れるような一息が聞こえる。今味わった一口が今日吸うたばこの中で一番うまかっただろうと壁の向こう側で煙草を吸う人物に思いを寄せる。空間が静まり返り暗闇の中で時計を探り当てると朝の五時だった。一晩布団の中で温めた暖気が漏れないように慎重に布団の中で体勢を変え落ち着く場所を探す。畳の上に敷いた厚さ10㎝のスタイロフォームが布団の下でミシミシ鳴る。

壁の向こうで寝起きざまに一服しているのはこの家の家主だ。そして今スタイロフォームの上の布団でぬくぬくしているのがこの家の居候だ。家主の家に転がり込んでもう半年近くになる。家主は一服を終えるとベッドから抜け出して必ずトイレへ行く。普段は畳を歩くミシミシという音で目を覚ますのだが今日はもっと早くに目を覚ましていた。トイレから戻ってきた足音が次は居間と接続した玄関扉の方へと近づいていく。

「俺も行くよ」

突然布団の中から居候が声を掛けた。しかし家主は驚く様子もなく玄関の引き戸を開けて外へ出て行った。玄関前の駐車スペースに敷いた砂利を踏む音、軽トラックのドアを勢いよく開く音、エンジンがかかりドッドッドっと今日が始まる音が聞こえ始めた。